このGW帰省中に一度は行きたいと思っていたのが、「天地人」で幼少の景勝・兼続が勉強をした、南魚沼市(旧塩沢町)の「雲洞庵(うんとうあん)」及びその周辺だった。(今のところ)与六時代の印象が強いからかな~。
そこで、(5月1日の深夜に実家に着き、翌)5月2日に行こうと思い、当日の朝食時に両親に出かけてくる旨の話をしたところ・・・・・。
私の父親が「雲洞庵、六日町といえば・・・」で「一緒に行こうかな・・・」という事になった。何故「…といえば」なのかを聞いてビックリした。古い話になるのだが・・・・・。
・私が小学生のころ、各学年1クラスだけど、近くに小学校があった(その後閉校)
・人数が少ないこともあり、先生方とPTAは親密になったようだ
・特に、S校長やA教頭ほか3人の先生とPTA5家族
(主に自営業。実家を含む。父親がPTA会長だった事も…))
・この5先生と5PTAは、私が卒業してからも付き合いが続いた
・ほんの数年前まで毎年1回は会っていたという(そっそうなの!それに、長っ!)
・今年の3月の終わり頃、A教頭家に不幸があったことを、便り(?)で知った父親
・機会があれば、霊前に…と思っていたところだった
・A教頭は、南魚沼市(旧六日町)に住んでいる。その先に雲洞庵がある
・両親が言うには「Aは雲洞庵の出で…昔、案内してもらった」・・・エッエ~!?
詳細は聞けなかったけど、要は住職等ではなく守り(管理)をする家系のようだ
そこで「雲洞庵といえば」につながったのだが、私の小学生時の教頭がそういう人とも知らないし、両親がそういう付き合いをしていたことも知らなかったし、しかも「天地人」だし…、そりゃ~ビックリするってもんですよね。
で、私と嫁さん、父親の3人で朝8時過ぎに出発。(近所の寿司屋さんに聞き、案内してもらった)A教頭家で父親を降ろし、私と嫁さんは、雲洞庵に行き、また父親を乗せ実家に戻った。
実家の商売の都合で、父親が11:30頃には戻らないといけないというので、「その周辺」は見ることができなかったけど、A教頭の話は・・・ある意味、それ以上だな。周辺は、また次回以降の帰省時で・・・。
(ちなみに、A教頭をチラッと見たが、なんとなく覚えているというか…ほとんど覚えてないというか、小学校の低学年だったからな~。)