シャツのほころび涙のかけら

昔よく聞いたNSPのタイトルを拝借。…趣味や日常を綴っています。基本はガンバレ自分!時々覗いてみてください。

高山市:高山陣屋(郡代・代官所)、飛騨国分寺

〔飛騨高山~上山田温泉の車旅:11/6~11/9〕旅行記4_11月7日(金),8日(土)

昼食後、ホテルに車を止め、赤い欄干の中橋方面へ歩いて行き、中橋の手前にある「高山陣屋」を見学することにした。ホテル駐車場から徒歩で十数分。


高山陣屋(国指定史跡)

高山陣屋は、江戸時代の郡代代官所として全国に唯一、主要な建物が現存する貴重な史跡。陣屋では直轄領の行政・裁判・警察などの政務を行い、敷地内には役宅や御蔵などがある。
郡代江戸幕府の直轄地に置かれた地方官で、中期以降は関東、美濃、飛騨、西国筋の4つの郡代を置いていた。
代官所江戸幕府が直轄領を治めるために設置した役所。

陣屋の正面。幕下の入口で靴を脱ぎ、靴袋(ポリ袋)に入れて建物内を廻る。


玄関の大床(大きな床の間)に「青海波(せいがいは)」模様が描かれている。海の波を模した吉祥文様で、未来永劫続く繁栄と平和への願いが込められているそう。


長押(なげし)などに打ちつけた釘の頭を隠す釘隠しの意匠が独特。兎が真正面を向いているので「真向兎(まむきうさぎ)」と言い、縁起が良く魔除けの意味合いも。


手前は「御役所」で、代官・郡代、その部下の執務室。役所の中枢部にあたる。
奥は「御用場」で、地役人が執務をした部屋。山林や出入りする人・物資の管理。


大広間」は重要な年中行事などで使用された書院造りの部屋。49畳敷の3部屋続きで、高山陣屋内で最も広い部屋。


大広間からは縁側を通して季節ごとに変わる庭の景色を一望できる。


御白州」は取り調べを行ったり、判決を言い渡した場所。裁判における法廷の役割を果たした部屋とされる。拷問道具は、人々を威圧するために置かれていた。


御蔵」は年貢米を収納する米蔵。創建は1600年頃と考えられ、現存する江戸時代の米蔵(土蔵)として全国でも最古・最大級とされる。


特徴的な板葺き屋根は、釘を使わずに板を木の棒と石で押さえる「石置長榑葺」という葺き方。5年単位で上下・表裏を返して20年もの間、素材を生かす工法。


「飛騨の里」でも榑(クレ)板で葺いた屋根を見たが、榑葺きの屋根が全国で姿を消しつつある現在、この伝統を未来へと引き継ぐために、榑へぎや榑葺きといった技術の継承も課題となっているそうだ。

郡代代官所といった建物を見たことがなかったので感心して見ていた。
なお、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン改訂第4版(2015年発行)において、高山陣屋は二つ星(★★:近くに訪れたら行く価値のある場所)の評価を受けている。

 

◇古い町並み

上町、下町の三筋の通りは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、江戸時代の面影を色濃く残す。高山市といえばのイメージ。
造り酒屋での試飲を楽しみにしていたが、時間が少し遅かった。残念。
インバウンドを中心に往来は人が多く、写真を撮れるタイミングは少ない。


旧高山町役場は、昭和43年まで使用された町役場・市役所の建物。
何ともステキな構えだ。ガラス窓が多用されている。


街角のお店。中は衣料品店のようだが、表にスーツケースなどカバンがずら~っと並んでいた。インバウンドだな~と。閉店時の片付けが大変そう~と。


冷えてきたので温かいものを食べたいと思い通り沿いの店を覗くが、お客はインバウンドで一杯。どうしようかと考えていたらスーパー発見。お酒と温めるだけの鍋焼きうどん等食材を購入し、ホテルでいただくことにした。
翌日、朝食後に朝散歩がてら国分寺を見学しに行く。

 

◆医王山 飛騨国分寺

飛騨国分寺は、創建から約1300年の歴史を有し、この地方随一の古刹。
表門(山門)は道路から少し入ったところで狭く感じた。屋根の形が美しい。


門から進むと鐘楼堂、大銀杏、右に三重塔、奥に本堂。
本堂(国指定重文)は室町時代の建築。風格がある。


三重塔は高さ22m。飛騨では唯一の塔建築。


創建当初の植樹と伝わる推定樹齢1300年のイチョウ(国天然記念物)は、目通り約10m、樹高約28mの雄株。市内には黄葉の進んだ樹も見たが、こちらはまだ。


この後、チェックアウトし高山祭屋台会館、桜山八幡宮に向かった。