〔飛騨高山~上山田温泉の車旅:11/6~11/9〕旅行記6_11月8日-9日
高山市から千曲市への移動。早めに温泉旅館に着きたい&その前に荒砥城跡には立ち寄りたいと考えていた。ナビの設定を間違え先の更埴ICで降りることになり少し時間がかかった。一般道を南下し、上山田温泉街に入り、急な坂道を上る。
◆荒砥城跡(城山史跡公園)
今から約500年前、豪族“山田氏”によって築かれ、戦乱で武田氏に~川中島の戦い~上杉氏が治めていたが、上杉に背いた副将が荒砥城にこもり、1584年に上杉軍が攻めて落城し廃城。
荒砥城は郭が幾つも連なる「連郭式山城」で、冠着山から千曲川へ向かって伸びる舌状尾根の突端部にある。城山史跡公園は平成7年(1995)にオープンした。本郭は標高590m、平地からの標高差は約220m。
「本郭」から「二の郭」を望む。見張台の櫓が設けられ雰囲気がある。ここからの写真が当地を紹介する際に多用されているようだ。先日、ネットニュースでも見た。

案内所で入園料を払う時に、大河ドラマ(風林火山、江)のロケ地になったと聞いた。当地では盛り上がったことだろう。戦国時代の山城に思いを馳せてみる…。
櫓から南側を見る。坂城町から、その先は上田市。見張台としては絶好の位置かも。


現地の掲示資料によると、かつて遊園地・動植物園があり、ロープウェイもあったという。尾根で幾つか平地はあるにしても狭い。どのような施設だったのか???
◆上山田(かみやまだ)温泉
上山田温泉と千曲川を挟んだ戸倉温泉を総じて「戸倉上山田温泉」というようだ。
善光寺詣りの精進落としの湯として昔から親しまれ、開湯120年を超える。
宿泊した翌日、朝食後に温泉街を散歩。堤の道路から千曲川を見る。下れば信濃川。

五木ひろしが歌った「千曲川」の歌碑(山口洋子作詞)があった。音響装置もあり、思ったより良い音の千曲川が流れる。懐かしい。

荒砥城跡方面を見る。左の建物は「善光寺大本願別院 城泉山観音寺」で、戸倉の“戸”の上に、前日上った櫓が見えた。

「カラコロの足湯」は公園内の、無料で楽しめる源泉かけ流しの足湯。

温泉街(歓楽街)は昭和レトロな雰囲気を残す。かつてのメインストリート。

スナックが多そう。アジア料理の店もけっこうあった。


7つの日帰り温泉があり「七福神の外湯めぐり」を楽しむこともできるそうだ。
◆温泉旅館
「旬樹庵 菊水」に泊まった。アプローチは改装済のよう。部屋などは歴史あり。

夕食。席に座って鍋に火を点けた直後・・・かな。

貸切風呂が付いているプランにした。温泉は気持ちよし。
夜は風が強く、街歩きは遠慮した。部屋にいて風の鳴る音が寝付くまで続いていた。
朝散歩の後チェックアウトし、東御市に向かう。
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東御市は、近所の娘さん(息子の同級生)が結婚後に移住したところで、「機会があれば行くよ~!」と伝えていた。それがやっと実現した。
新居は南側に畑や田んぼが広がる日当たり良好の平屋。羨ましい。旦那が勤務する会社は東京のようだが、リモートOKなので、希望で当地に住むことにしたようだ。
家を出た後、近くの「海野宿」に立ち寄る。
◆北国街道「海野宿」
海野宿(うんのじゅく)は北国街道の宿場町である。江戸時代の旅籠屋造りや、茅葺き屋根の建物と、明治以降の堅牢な蚕室造りの建物とがよく調和して伝統的な家並みを形成している。
「日本の道百選」および「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。
海野宿(保存地区)は狭いけど車で通れる。どこか途中に駐車場があればと思ったが、駐車場は海野宿を抜けた先にあった。車を止め歩いて海野宿の端から見る。

手前には社叢を擁する「白鳥(しらとり)神社」があった。日本武尊の伝説を縁起とする神社で、当地の産土神(うぶすながみ)。

社叢は、ケヤキ・スギ・エンジュなどの大木によって構成されており、立派な鎮守の森となっている。大木からのパワーもありそう。素敵な神社。

社殿近くの御神木(ケヤキ)は、樹齢700年以上、目通り周囲7.3m

小雨があたりはじめていて、妻は車で待っていた。
ざっと見ただけでも印象深い町並みだった。また機会を設けて、海野宿をゆっくり歩きたいものだ。
この後、上信越道~横川SAで遅いランチ~関越道を経て、無事に帰宅。
3泊4日(11/6~11/9)の飛騨高山~上山田温泉の旅行記もこれまで。