6月21日~22日、妻と一泊二日、静岡県下田市を訪れた。【その1】
前日からの雨が曇に変わったものの、折り畳み傘をすぐ出せるようリュックに入れる。高崎線で東京駅へ行き、反対側ホームから特急「踊り子号」に乗り換え、9:00出発。
座席指定した車両には、小さいテーブルと椅子が設けられたフリースペースがあり、二人連れの方々が利用していた。踊り子号に慣れているな~と初心者は感心した。

都心や住宅街走行中は通勤気分混じりだが、海が見えてくると旅行気分になる。
さらに海が近くなった頃、青空へ変わった。何ということでしょう!もう気分は上々。

車内では、下田に着いてからのランチのお店や喫煙場所などを検索する。
加熱式タバコの喫煙者だが、平日は会社ビルの喫煙所で10時頃が1本目。この日も朝から電車に乗ったため、同様に喫煙してない。着いてからの優先事項となった。
11:39、伊豆急下田駅に到着。駅構内の土産屋をザっと見て、ロープウェイへ向かう。妻は発車時刻や土産等の確認へ。私はとりあえず近くで一服。
12:00発のロープウェイで寝姿山へ。山頂駅を降りるとすぐに、目当てのレストラン「THE ROYAL HOUSE」があった。名物のアジフライサンドとパンケーキをシェアする。

店内からも窓越に展望を楽しめるが、専用のテラスが設けられおり、南側の下田湾を一望できる絶景が広がっていた。晴れてはいるものの、伊豆七島は見えなかった。

西側では、ロープウェイの上り下りのゴンドラが見えた。画の右上が伊豆急下田駅。

設置された案内標柱を見て、ここは「富士箱根伊豆国立公園」だったと改めて認識。

黒船展望台の「龍馬くん」は「拳をなでると幸運が訪れる!?」ので拳はテッカテカ。碇型の標柱には台北やニューヨークの方向も示されているが、もちろん見えない。

ここからは半島の外海(太平洋)も見えた。(伊豆七島はやはり・・・)

「愛染堂」は、奈良法隆寺の夢殿を3分の2の大きさに再現されている。

御本尊の愛染明王は、元鎌倉八幡宮愛染明王堂の御本尊で、神仏分離令により政治家の小泉策太郎が護持信仰するに至り、他界した後は、伊豆急行の下田開通に尽力した東急電鉄の五島慶太が譲り受けた。その後、伊豆急行開通10周年の記念に両氏の功績と御冥福を祈るため愛染明王堂を建立した。

昭和の伝説の経営者である五島慶太。伊豆急行を利用する機会がなかったため、その関りを知らなかった。記念碑には「五島慶太は伊豆とともに生きている」と。感動。

御堂の周囲に150余体の歴史あるお地蔵様。夫婦ガエルに無事にカエルよう願掛けする。

遊歩道ではアジサイをはじめ、さまざまな植物が見られる。また、国内で数か所でしか飼育されていない「ヒレ長錦鯉」や、大きな岩を割って成長した「石割楠」もある。

江戸時代、下田は「海の関所」だった。幕末になると外国船が来航するようになり、監視のため寝姿山山頂に見張り所が設けられた。その「黒船見張所」が復元されている。

寝姿山(ねすがたやま)は、山の形が女性の仰向けの寝姿に似ていることが名前の由来という。それはともかく、自然・眺望・歴史と見どころが多く有意義な時間を過ごせた。
13:45発のロープウェイで下山し、駅前からバスでホテルも近い「あじさい公園」へ向かう。一般の車が駐車場待ちで渋滞していたのを横目に、バスはスムーズにバス停へ。
公園内「開国記念広場」では当日のイベントは終わったようだが、多くのキッチンカーが営業中。ここで名物の「キンコロ(金目鯛コロッケ)」をいただきながら一休み。

広場も高台にあるため、あじさい越しに「下田富士」を眺めることができた。

広場上段の「開国記念碑」は、下田開港百年を記念し建立され、ペリーやハリスの肖像や言葉が彫られている。手前の石板には「日米修好の基礎は下田に於て築かれた」と刻まれており歴史の重みを感じた。(当地で日米和親条約付録下田条約が調印された)

ここからは、ペリーロードやホテルの方へ歩いて行く。マップで最短ルートを歩いていると、「下岡蓮杖翁の碑」と胸像があった。でも恥ずかしながら知らない。説明板によると、下田生まれの下岡蓮杖は外国人から写真術を学び、苦心の末に湿板写真術を習得。横浜で日本初の写真館を開業し、“商業写真の開祖”として知られる人物だという。

日本の初期写真史において最も重要な写真師の一人とされる。
幕末の国際港・下田だからこそ生まれた偉人ともいえそう。下田ってすごい。
(つづく)