シャツのほころび涙のかけら

昔よく聞いたNSPのタイトルを拝借。…趣味や日常を綴っています。基本はガンバレ自分!時々覗いてみてください。

新潟県:湯沢町「瑞祥庵」の仁王像など

8月12日(金)、新潟県への帰省ついでに出かけた処、その4。

帰省から戻る日には、どこかの観光スポットに立ち寄りたいと考え、事前に湯沢町の観光スポットを調べたところ、未だ訪れたことのないスポットを発見(?)した。
南魚沼郡湯沢町土樽の『瑞祥庵』というお寺と『毛渡沢橋梁』という鉄道橋。「土樽」という所は、群馬県との県境に位置するが、三国山脈を越える国道17号沿いではないので道路はどん詰まりで、関越道湯沢ICへは来た道を戻るようになる。通常は通らない道なので、今回が初めてだ。なお、JRなら上越線の越後中里駅土樽駅が近い。

まずは、方丈山 瑞祥庵(ずいしょうあん)』について。
湯沢町の市街地からは、魚野川沿いを上流に進み、湯沢フィッシングパークを過ぎてから左に折れて関越道をくぐると間もなく瑞祥庵に着いた。越後湯沢駅から車で10分ほどの距離。

緑と静けさに囲まれた曹洞宗のお寺で、楼門の仁王像が、幕末から明治初年に越後で才腕を振るった石川雲蝶※後段に説明)の作ということで有名のようだ。その楼門は、道路から少し入ったところに建っていた。


楼門は、2階建ての門で、1階部分(下層)には屋根がなく、2階部分には高欄が配置されている物が一般的とのこと。この1階の両脇、ガラス窓の中に仁王像が安置されていた。


現地の案内板によると、仁王尊二体は、像高:180センチほどで、町指定文化財安政以後の作と推定されている。
彩色は昭和4(1929)年の修理の際に施されたもので、石川雲蝶が本来どのような色使いをしていたのか、想像するしかない。


楼門をくぐると、正面に本堂。その入口まで真っ直ぐだ。


振り返って、楼門の裏側。ここの参道は良い雰囲気だった。


本堂は入口が閉じられていたので、内部は見ていない。本堂の正面左側に水量豊富な池があったのだが、記録し忘れた・・・。

瑞祥庵の山号は、楼門の扁額のとおり「方丈山」だが、マップを見ていたら近くに同名の山(方丈山:標高843.2m)があった。何か謂れ・関わりがありそうだけど、はてさて。

楼門の手前(道路側)には、横向きにお堂が建っていた。何かな?と中をうかがうと、奥の方にある扁額には「十一面観世音菩薩」とあったので観音堂のようだ。


入口側の板の間には、昔の生活用具や農業用具が幾つも置かれていた(画の反対側にも様々置いてある)。何故、観音堂内に?一時の預かりモノなのだろうか。見やすく陳列したらミニ民俗資料館になりそう。

 

石川雲蝶は、文化11(1814)年、江戸雑司ヶ谷(現:東京都豊島区)に生まれ、30代前半に越後入りし、多くの作品を残した。「日本のミケランジェロ」とも称され、ダイナミックな世界観は150年を経てなお人々を魅了している。代表作は、“越後日光”と言われる西福寺開山堂(現魚沼市)の天井を飾る「道元禅師猛虎調伏之図」。

※参考サイト:魚沼市観光オフィシャルサイト「日本のミケランジェロ 石川雲蝶を探求する」
https://www.iine-uonuma.jp/osusume/4009/

なお、当日記でも、2013年5月に『西福寺・開山堂』を訪れた際のことをとりあげている。
魚沼市『西福寺・開山堂』その1 魚沼市『西福寺・開山堂』その2

この後、「毛渡沢橋梁」に向かう。