7月2日(土)の行田市プチ観光その2。せっかく「古代蓮の里」に行くのであればと事前に近くの観光名所を調べたので、古代蓮の後に2か所立ち寄った。
位置を説明すると長くなるので「地理院地図」に○印をつけた。数字は巡った順番で、今回は 2-1:成就院、2-2:辯天門樋。

※地理院地図Webを利用させていただいたが、規約上支障があるようなら修正します。
◆成就院(じょうじゅいん)三重塔
成就院、山号:五智山は、天正年間(安土桃山時代)に創建したと伝えられている。山門をくぐると正面に本堂、左側の奥の方に重みのある朱塗りの三重塔がある。

(説明板より)この三重塔は、享保14年(1729年)に建立されたもので、葉衣観世音菩薩が本尊として安置されている。総高11.18m、間口奥行2.24m、相輪高2.92m。

三重塔としては小さいかもしれないが、埼玉県内で江戸時代の三重塔は3基のみで、大変貴重なものとのこと。ちなみに他の2基は、比企郡吉見町の安楽寺(総高約24.3m)と川口市西立野の西福寺(総高約23m)。

正面斜め右からと右側(真横)から。

境内には、寿老人(七福神)、子持ち石、ぴんころ地蔵尊が並んでいた。個人的にぴんころ地蔵はお初。

◆弁天門樋(べんてんもんぴ)
(説明板より)元々は江戸時代に、沼の水を旧忍川(おしかわ)に排水するために設けられた門樋を改築したもので、明治38年(1905年)に竣工したイギリス積みの煉瓦造。この門樋の特徴は、川表側の壁が左側は直線、右側は曲線と土木構造物としては珍しい左右非対称であること。
旧忍川の対岸から門樋を見る。冬ならもっと見やすいのだろうけど、水生植物で全景を見ることは叶わなかった。

見た目でサイズ感がつかみ難いが、説明板には「規模は桁行最大長8.5m、川表梁間最大幅4.5m、最大高3.38m」と記されてる・・・でも、単語の意味が分かり難い。
使用した煉瓦は、深谷市の日本煉瓦製造の約24,000個。同会社製造の煉瓦造としては東京駅舎の先輩だ。
弁天門樋の上まで移動する。門樋は橋の役目を兼ねており、橋の上から旧忍川側を見る。左右に塔があるのも橋梁のイメージか。

左右非対称の壁。煉瓦造の水門・門樋としては、壁が曲線になっているのは珍しいようだ。

反対の水路側は、片方の塔部分が無くなり、もう一方は塔頂部のとんがり帽子が無くなっている。少し残念。

水路側は両壁とも曲線。雑草で見難い。

ところで、門樋(もんぴ)という名称になじみがないので調べてみると、逆流防止水門の昔風の呼び方とのこと。一般に本川からの洪水の逆流入を防ぐために、支川に設けられた施設のようだ。
弁天門樋(辯天門樋)は、土木学会の「日本の近代土木遺産」に掲載されている。同市内には他にも選定された橋梁や堤などがあり、埼玉県内において行田市は近代土木遺産の宝庫といえる。
(この後、さきたま古墳公園に向かった。)