(昨夜は、遅くなりバタバタしたので、昨日のブログのつづき・・・)
「べったら市」についてカチャカチャしていたら、「べったら市は、宝田恵比寿神社で開催」とあった。ん?昨日、露店の中を歩いて行った神社は椙森神社だったけど・・・?どういうことだろう?と思い、さらにカチャカチャしてみたところ・・・
通称「べったら市」といっているが、本来はべったら市と神社のお祭りの同日開催(この言い方は適当でないかも?)のようだ。あるサイトでは《日本橋恵比寿講べったら市+宝田恵比寿神社大祭+椙森神社恵比寿講》と、他には《日本橋恵比寿講べったら市+椙森恵比寿祭》というのもあった。
その昔、10月20日の恵比須講に使う様々な物(神像や打出の小槌、懸鯛、切山椒など)を売るための市だったが、しだいに魚や野菜なども売られるようになり、いつの頃からか宝田恵比寿神社の門前で売られるべったら漬が評判になり、「べったら市」という名が定着したようだ。
「恵比寿講」というのは、主に商家が商売繁盛を祈念して、恵比寿神を祭り、親類・知人を招いて祝う行事のこと。
毎年1月と10月の20日に行われ、恵比寿講、夷講、二十日恵比寿などとも記されたりする。七福神の一神である恵比寿様は、商売繁盛のみならず、漁村では豊漁をもたらす神として、農村ではかまどや田の神として、古くから篤く信仰されてきた。
んで、宝田恵比寿神社と椙森神社は、他近隣6つの神社とともに「日本橋七福神」を構成しているのだが、宝田恵比寿神社はもちろん椙森神社も恵比寿神である。
ということから、べったら漬けは宝田恵比寿神社の恵比寿講が始まりかもしれないけれど、近くの椙森神社でも恵比寿講が行われていて、露店が多く集まることから、もはやどっちがどっちの市?の境もなく、合わせて「日本橋恵比寿講べったら市」となったのではないかと思われる(勝手にそう理解した)。
べったら抜きに考えれば、同じ神様の神社が一緒にお祭りをしているようなものかな。
カチャカチャしてみて、江戸から続く歴史のある行事ということ、それを地元の人達が保存会を作って祭りの健全な発展を維持していることに、少し感心させていただきました。
ちなみに① べったらの語源は…アメと麹で大根を漬け込んでいるため、衣服にべったりとついてしまうことからべったら漬けという名になったと言われているそうだ。
ちなみに② 今では、露店(約300~400件)が軒を連ね、多くの人が集まる秋の風物詩になっているようだが、私の地元とか他のお祭りに多く見られる、綿菓子や様々なクジなど子供向けの露店を見なかった。べったら・お酒・つまみにもなる食べ物だけじゃないかな。大人の露店ストリートだった。(子供自体少ないだろうけどね。離れた通りにはあったのかな?)
ちなみに③ 恵比寿講の「講」って?ウィキによると、同一の信仰を持つ人々による結社である…とある。何となく理解できた。法華講、富士講など。ただし、伊勢講や無尽講など相互扶助団体の名称に転用されるなど、「講」という名称で呼ばれる対象は多岐に渡っている。ネズミ講も昔流行ったね。
ちなみに④ 嫁さんは、昔何回かべったら市にいったことがあるそうだが、「昔は寒かったけど…」と言っていた。温暖化?昨日の最高気温は24.6℃。約20年前の1985年~88年の同日の最高気温を調べてみると、順に16.5℃、17.3℃、21.9℃、19.2℃で確かに昨日よりは寒いようだ。
たまたま見たブログには、「40~50年前、べったら市に行くにはコートが必要でした。毎年、寒いね~といいながら見に行ったものです」。他にも「この頃には寒くて一枚多めに羽織って出かけたものです」とありました。
べったら市は、「べったら市から秋が深まる」「べったら市が終わると、冬に向かう」「べったら市から寒くなる」というふうに、季節を感じさせる言葉でもあったわけですな~。言葉に歴史ありですな~。でも今は…。