1945年8月6日、広島へ原爆「リトル・ボーイ」を投下したB29爆撃機「エノラ・ゲイ」の機長を務めたポール・ティベッツ(当時大佐)が、昨日亡くなった。92歳だった。亡くなったというニュースだが、当時の方がまだ健在していたことに驚いた。
いくら仕事とはいえ、原爆を投下した後は非難を浴びることもあったはず、92歳の生涯を終えるまでは辛かったのだろう…と思い、関連する記事をみた・・・・・。
ところが、この方当時から「眠れない夜などなかった」「やるべきことをやった」「あれは戦争で、私は軍人だった。上官の命令に背くことなどありえなかった」と。また、その後も「国際情勢によっては、核兵器の保持も必要」というスタンスだ・・・。
一方、エノラ・ゲイのロバート・ルイス副操縦士は、搭乗中にメモを残しており「神よ、われわれは何ということをしてしまったのか。人間が目にした最もすさまじい爆発だ」と。また、巨大なきのこ雲を見て「いったい何人を殺してしまったのか。100年生きてもこの数分間を忘れられないだろう」と。ルイス氏は、その後も悩み続けたらしい。
そして、キノコ雲から血か涙のようなものが滴る彫刻を残して1983年に亡くなった。
人それぞれとはいえ、あまりの違いに…何とも言いようがない。