シャツのほころび涙のかけら

昔よく聞いたNSPのタイトルを拝借。…趣味や日常を綴っています。基本はガンバレ自分!時々覗いてみてください。

明治に昭和、大正は?

『大東京の地下99の謎』という、ちょっとマニアックな(?)本を読んだ。この前読んだ地図の本は面白かったけど、これもなかなか面白い…というか為になった。

東京の地下には、いろんなものがある。皇居地下の巨大駐車場、幻の大地下道、巨大な水がめ、大きな防空壕、秘密の地下トンネル、巨大変電所・・・等々。

んで、紹介したいのは、「明治通り」「昭和通り」があるのに、「大正通り」がないのはな~んでだ?って話。

東京近郊の方なら誰しも聞いた事のある道路、東京を環状に走る「明治通り」と、昔の下町を南北に縦断する「昭和通り」があるのだが、「大正通り」は?・・・・・実は、計画はあったのだが潰された。

(何で、地下の話なのに「道路」なのか?しばしまたれよ)
その昔、大震災の後の「帝都復興」で、度重なる軍部の抵抗にあっていた時の政治家「後藤新平」は、道路に天皇の名をつけるという前代未聞のアイデアで、自分の計画を突破しようとしたのだ。

そして、「昭和」と「明治」は計画通りに進んだのだが、新宿と両国を東西に一直線に結ぶ計画だった「大正通り」は、陸軍の反対にあった。理由は、大正通りがどうも市ヶ谷の外濠を横断することにあったようなのだ。

(市ヶ谷の外濠は、近くに防衛省や市ヶ谷駐屯地がある。)
この「市ヶ谷の外濠を変えさせない」という方針は、戦後になっても変わらない。
どうやら、地下には地下道があり、それを守りたいようなのだ。

市ヶ谷の外濠は、夏になるとものすごく臭うのだが、その対策をしないのも関係あるのかな(そりゃないか)。
計画されていた道路は、コースを変え、結局「靖国通り」と名称を変えられた。


ちなみに、福岡市には「昭和通り」「明治通り」「大正通り」が揃ってあるようだ。また、東京の吉祥寺周辺には、小さい(狭い一通の)「昭和通り」と「大正通り」が並んで通っている。