シャツのほころび涙のかけら

昔よく聞いたNSPのタイトルを拝借。…趣味や日常を綴っています。基本はガンバレ自分!時々覗いてみてください。

秩父4:和銅遺跡、聖(ひじり)神社

2月12日(土)、あしがくぼの氷柱を見た後、マップで宝登山に行く途中に和銅遺跡があることが分かったので立ち寄ることにした。
日本最初の貨幣は「和同開珎(わどうかいちん)」である・・・ことだけは知っていたが、その発祥が秩父で遺跡があることも知らなかった。

和銅遺跡と聖神社(出典:秩父市秩父観光なび」Webサイト参照)
西暦708年、この地で採掘された自然銅(和銅)が朝廷に献上された(和銅奉献)。自然銅の発見は、当時の日本にとっては、とても大きな喜びであったことは、元号が「慶雲」から「和銅」に変わったことからもうかがい知ることができる。日本最古の流通貨幣と言われている「和同開珎」は、この自然銅をもとにして作られたとのこと。
この地には和銅献上に関係が深いと伝えられる聖神社があり、大小2個の和銅石・和同開珎銭・和銅製の雌雄一対の蜈蚣(ムカデ)がご神宝として収められている。また、付近には銅が産出された当時を偲ばせる地名や言い伝えも多く残されている。

国道から山中の『和銅遺跡』駐車場まで1kmもないが、一部道幅がとても狭いので要注意。
駐車場からは徒歩で道路を下り、沢沿いに降りる。雪が凍っていて注意しながら坂道を進む。短い難所を抜けると横移動で雪も少ない。駐車場から5分ほどで和銅露天掘り跡に着く。
「ここから急斜面を登っていくと、往時の面影を残す露天掘り跡を間近に見ることができる」と説明板に書かれているが、雪のため登れない。近くの沢沿いにも「露天掘り跡」の名板があった。雪のせいもあってよく分からなかった。


大きなモニュメントが立てられていた。巨大な「和同開珎」に「日本通貨発祥の地」と明記。


サイズ感が分かり難いので、人物(我々)も入れてみた。モニュメントはかなり大きい。


なお、自然銅と元号は「和銅」で、通貨は「和同」。ともに「わどう」だが漢字が異なる。通貨の「和同」は、「天地和同」「万物和同」などの古語にもとづく「やわらぎ、なごやかに集う」という意味合いで、「和銅」とは直接的に結びつく言葉ではないとされている。

 

駐車場に戻る車道から、遠く「両神山(りょうかみさん)」標高1,723mが望めた。両神山は、鋸歯状の山容が特徴的なので分かりやすい。

 

そこから、車ですぐそこの聖神社(ひじりじんじゃ)』に移動する。
聖神社の創建は和銅元年2月とされる。
自然銅の発見を祈念して和銅沢上流の祝山(はうりやま)に神籬を建て、この自然銅を神体として金山彦命を祀った。その後、和銅の献上を受けた朝廷は勅使を派遣し、盛大な祝典を挙げた後、和銅元年2月に当地に神籬を遷した。
その創建当時、採掘された和銅石13個(神社に現存するのは大小2個)と、元明天皇下賜の銅製の蜈蚣(百足)雌雄一対が御神宝として納められ、今に伝えられている。

駐車場は参道入口の脇にあり、そこから参道の石段を上る。


社殿は江戸時代中期の建築で、流れ造りの本殿と入母屋造りの拝殿からなる。(現地の案内板から)


和同開珎のモニュメントは、銅を模した質感を表しているように見える(個人的感想)。絵馬には、和同開珎の形をしたものもあった。


こちらの狛犬は、姿勢良く威厳を感じさせる。


聖神社には社務所のような施設はないが、絵馬や御守、お札等は拝殿の前に並べてある。
地元の人々からは銭神様と呼ばれ、地域内外から金運の神様として祈願に訪れる方が多いという。もちろん、私も祈願した・・・。

この後、宝登山へ向かう。(次回につづく)


◇2022年2月11日~12日 秩父観光散歩 まとめ

真冬だからこその「秩父観光」に行ってきた!
秩父1:三峯神社1 立地,三ツ鳥居,奥宮遥拝殿,随身門など
秩父1:三峯神社2 拝殿-本殿、摂末社、ご神木、他施設
秩父1:三峯神社3 大島屋テラス、遥拝殿絶景、その他
秩父2:三十槌の氷柱(みそつちのつらら)
秩父3:あしがくぼの氷柱(ひょうちゅう)
秩父4:和銅遺跡、聖(ひじり)神社
秩父5:宝登山のロウバイ、宝登山神社奥宮
秩父6:秩父のシンボル「武甲山」・「二瀬ダム」