埼玉県比企郡吉見町は、埼玉県のほぼ中央に位置し、南部は川島町、西部は東松山市、東部は鴻巣市と北本市、北部は熊谷市に隣接する。吉見町の観光スポットといえば、第一に国指定史跡の「吉見百穴」だと思う。
他県の方には聞き覚えが無いと思うが、埼玉県に住み始めて帰省時などで見る案内標識から「吉見百穴」のことは自然と知ることになり、数十年前に立ち寄ったことがある。9月25日(日)、吉見町プチ観光をするに際し、改めて訪れようと思った。
吉見百穴(よしみひゃくあな)は、古墳時代の後期~終末期(6世紀末~7世紀末)に造られた横穴墓で、大正12年(1923)に国の史跡に指定されている。当地の丘陵一帯は掘削に適した凝灰質砂岩で、当時の人々はこうした場所を選んで横穴墓を造ったと考えられている。
明治20年(1887)に全面発掘を行い、237基の横穴墓を発掘した。その後、地下軍需工場が作られる際に壊されてしまい、現在確認できる横穴墓の数は219基となっている。

横穴の壁際には10~20センチ程のベッド状の施設(死者を安置した部分)が複数造られているものがあり、一つの横穴墓には複数の遺体を埋葬したことがわかる。また、横穴墓の入口には石板(閉塞石)が立てかけられ、埋葬後も横穴に入ることを可能にしている。こうした構造から、横穴墓は一つの横穴に複数の死者を葬る「追葬」が行われていたと考えられている。(現地資料参照)
穴の入口は径1m程で、内部はもう少し広くなっていた。見た限りで奥行きは3~4m程。

斜面は急で45度程度ではないかと思われる。一口に埋葬するといっても難儀なことだろう。

上の方には見晴らしのよい展望台のような場所があった。富士山は雲に隠れていたが、遠く秩父の山々が望める。画の中央は武甲山のようだ。なお、最上部は平地があり、無人の売店があった。

斜面下には、横穴墓とは明らかに異なる大きな穴(開口部)が数か所あった。これは、昭和19年~20年(1944~1945)に造られた、地下軍需工場の出入口。画の金網が張られた穴は、ヒカリゴケの生息地。

このヒカリゴケ(光苔)は、山地に多く、平野にあるのは、植物分布上、極めて貴重とされ国指定天然記念物となっている。
穴の床や壁からかすかな緑色の光を発していた(わずかな光を反射していた)。

地下軍需工場跡は、数年前まで内部を見ることができたが、現在は、点検・調査のため立入禁止になっていた。(残念!)
出入口のフェンスの隙間から内部を見る。奥の方には照明が灯っていた。

第二次世界大戦の末期、中島飛行機工場の移転の必要性が急速に高まり、生活物資の調達に便利で、掘削に適した場所である吉見百穴地域に軍需工場が造られることになった。軍需工場の区域となったのは松山城跡から岩粉坂までの直線距離にして約1,300m部分。しかし、本格的に稼働する前に終戦となり工場は閉鎖となった。(資料室の掲示参照)
吉見百穴部分の地下工場の模式図によると、この部分だけでも幅約190mあり、碁盤の目のように彫られている。いったい全体では、どれほどの面積になっているのだろう。

吉見百穴の広い駐車場の向こうは、堤があって市野川となる。本来、市野川は蛇行し百穴に近い位置を流れていたそうだが、工場を造るにあたって前面に広い土地が必要になり、川を真っ直ぐに改めたという。
実際、桜並木がある堤に沿って川は真っ直ぐになっている。

資料館裏手の土産物屋の店主は、百穴の地主ということで、店内の奥の方には発掘時のモノクロ写真や資料、埋蔵物の一部も置かれていた。ついでにいろいろと説明してもらった。市野川の改良工事のことも店主に聞いたもの。感心のある方は、店主が暇そうにしていたら気軽に声をかけてはいかがだろう。
ちなみに、土産にはお薦めの埼玉県の銘菓「五家宝」を買った。1個売りからあり求めやすいと思う。
≪この横穴は何の穴?の経緯≫
江戸時代の中頃には数基の横穴が開口しており、地元の人々からは「百穴(ひゃくあな)」と呼ばれていたが、その性格については不明だった。
明治20年の発掘後、関わった東京大学の方は、この穴を土蜘蛛人(コロボックル人)の住居として作られたもので、のちに墓穴として利用されたものと発表した。しかし、大正時代になると、考古学の発達によって、古墳時代の後期に死者を埋葬する墓穴として作られたものであるとが明らかになった。(現地の説明板参照)

昔、コロボックルのアニメがあり、その名前は知っているけど、土蜘蛛人というのは初めて聞く。一般人には浪漫的な解釈でもイイと思う。
資料館の隣に正岡子規の句碑があった。明治24年(1981)11月、当地を訪れた正岡子規が詠んだもの。

「神の代は かくやありけん 冬籠(ふゆごもり)」とある。意味解釈の記載はないが、当時は“住居説”だったので、冬の百穴を神の住居に例えたのだろうか・・・。
ということで、知れば知るほど面白い吉見百穴だった。