前回書いたように、5月2日「雲洞庵(うんとうあん)」に行ってきた。
拝観できるのは何時から?9時じゃない?・・・事前にそんな話をしていた。父親の都合がなくとも朝一で行こうと思っていたのだが、それは当たりだった。
9時5分過ぎに駐車場に着いたが、すでに一杯のようで入れない。私の後ろにも車が並ぶ。駐車案内は居ないし、どうなっているのか?
助手席を降り状況調査に行った嫁さんの話によると、「前に3台待ち。9時に開いたのでまだ車は出ないかも。坂を降りた道路沿いに臨時駐車場があるのでそちらに行った方が…」との事。これにより、後ろの車はUターンした。でも、その駐車場はそこそこ遠いようだ…3台待ちだし…。
どうしたものか?と考えていると、1台、また1台と駐車場から出てくる。何で?送迎?よくわからないけど、これなら・・・・結局、着いてから10数分待って駐車できた。良かったサ。
歩きながら坂道を見ると、ずら~っと車が並んでいた。少し前にあたふた出てきた駐車案内の方達「この時間に、これほどの車がくるとは…」のようだ。読みがアマイぜ!
そんな状況なので「雲洞庵」は、修学旅行先の京都の寺院のよう(?)に、人が多かった!この規模でこの人数は、寺院拝観的にちょっと多すぎだと(個人的には)思う。
ただ、今回は時間が限られていたので、それほどゆっくり見ることができなさそうだ・・・それに、天気は良いし季節も良い・・・そう思うと、まぁイッカって感じだな。
「雲洞庵」については公式サイトもあるので…でも、一応書いておこう。
拝観料大人300円。パンフレット代20円は別途徴収!
サブタイトルは“越後一の寺 日本一の庵寺”だ。(不勉強のため『庵寺』の意味・定義がよく分からない。私のイメージする庵寺はこんなに大きくないし…。)
●赤門~参道
赤門の柱には「雲洞庵の土踏んだか」の文字がある。参道の石畳の下に法華経を一石一字ずつしるし、その経石を敷きつめたことから、信仰が盛んだった時代に修行者同士が「お参りに行ったか」「修行に耐えたか」の意味で言い合ったようだ。また、この石畳を踏みしめてお参りすると罪業消滅、万福多幸の利益に預かると言い伝えがある。
赤門には大きい草鞋が寄進されていた。どういう意味があるのだろう?


●本堂
天地人でみた建物(間口十四間、奥行十間半)です。花頭窓(火灯窓)が印象深く、周囲の自然を取りこんで…趣きを感じさせますな~。
堂の入口(建物の中)、「長生きの水」をゴクリ。


喜平次と与六が勉学に勤しんだ部屋

こんな感じだった!?冬は寒かっただろうな~。

●開山堂
開山様を祀っている。また、右下の方には(写真では見えないけど)当庵建立者関東管領上杉憲実公の木像と位牌、その前にはその後継者上杉謙信公の位牌及び江戸幕府の創始者徳川家康公の位牌が祀ってある。

座禅場の2階の窓からは「坂戸城(跡)」が眺める。

また、本堂の中には、それ以外にも像や飾り物がたくさんあった。
そして、驚きは、無茶苦茶オープンなのだ。包み隠しませんから勝手に見てください・・・って感じだ。本尊(?)の裏の方まで見て歩くことができる。係りの者はいないし、注意書きもない。
回廊を歩いていたら、角の部屋(戸は開け放し)に黒い服の方々が・・・これから法事のようだ。気にしているふうではないので、こちらも普通に歩く。丸見えの隣室まで観光客いるし・・・。
約1時間強の拝観はまたたく間に過ぎた。ブームが去って落ち着いた頃に、再度来よう!と思いましたね。
帰り道、坂を降りた道路沿いは、駐車した車がビッシリ!エライことになっている。午後からはどうなっちゃうの~と心配してしまうね。それに、大河ドラマの影響に改めて感心したサ。