4月6日(土)、東照宮を観た後、上新道(かみしんまち)から日光二荒山神社へ向かうと、2階造りの『楼門』が出迎える。

この楼門と、拝殿の正面にある『神門』は比較的新しい門で、日光開山の祖、勝道上人が782年に多くの苦難を乗り越え男体山の登頂に成功してから1200年の年月を記念して1982年(昭和57年)に建てられたという。
●銅鳥居【重文】
楼門をくぐると、銅鳥居が待ち受ける。柱の上部と貫にある紋は「巴紋(三つ巴)」。東照宮では鳥居に限らず、徳川家の家紋「三つ葉葵」を神紋としているが、二荒山神社では巴紋を用いている。また、柱の足元には蓮の花弁の彫刻がある。神社の鳥居に仏教をイメージする彫刻というのも、元々は神仏習合した日光山らしいのかもしれない。

●銅鳥居を抜けると、右手に『唐門』もある立派で横に長い社務所がある。(後で社務所と知り驚いた)。

●社務所の先には『拝殿』がある↓。拝殿の後方にある『本殿』は保存修理中。(唐門、拝殿、本殿は国の重文)

拝殿の先に受付があった。本殿の工事をしている様子が一部見られるということで入場したが、ここから先は『神苑』と言われるところで、境内の中でもより神聖な場所となる(有料)。
↓画の中央に「御本殿修理拝観 入口」の案内があり、仮設の階段を上がって工事用シートに覆われた中に入ると、屋根の工事の様子が見られた。また、簡易な参拝所も設けられていた。

上の入口の近くに大きな杉があった。御神木で本社境内第一の巨杉。樹齢約700年、高さ約60m、太さ6.35mと記されていた。

↓右に工事中の本殿、左は『神輿舎【重文】』、中央の杉が御神木

●化け灯籠【重文】
本社脇に鎌倉時代に寄進された唐銅灯籠がある。江戸時代に夜間警護の侍が灯籠の明かりを亡霊の炎と見誤り、たびたび灯籠を日本刀で切りつけたとされ、灯籠の各所に70数か所の小さな刀傷がある。

神苑には、他にも日枝神社や朋友神社などの末社、大国殿、二荒霊泉がある。さらに、御神木胎内くぐり、長寿の丸石、運だめしの輪投げ、それと・・・いろいろ詰め込んでいる。
その後、拝殿正面の神門から出て、坂を下り『大鳥居』をくぐって振り返る。

この後は、近くの『輪王寺大猷院』へ行く。(つづく)
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日光二荒山神社は、二社一寺(日光山内)と呼ばれる日光の社寺のうち最奥にある。しかし、日光二荒山神社は、訪れた「御本社」の他に、男体山山頂に「奥宮」、中禅寺湖畔に「中宮祠」と3社あるそうだ。さらに、別宮の本宮神社や滝尾神社、有名な「神橋」、日光連山8峰、華厳滝、いろは坂など、御神域の広さは3,400haに及ぶ広大な境内地を有しているという。驚きの面積だ。
昨年の10月に宇都宮・二荒山神社(ふたあらやま)に行った後、下野国には一之宮とされる神社が2つあると知り、もう一つの日光・二荒山神社(ふたらさん)にも行きたいと思っていたので良い機会だった。
〈日光山内記録〉※追記
東照宮:石鳥居・五重塔・表門・三神庫・神厩舎・鐘楼
東照宮:絢爛豪華『陽明門』
東照宮:唐門・眠り猫・奥宮
東照宮:神輿舎・銅燈籠・他
日光『二荒山神社』
必見!輪王寺『大猷院』