シャツのほころび涙のかけら

昔よく聞いたNSPのタイトルを拝借。…趣味や日常を綴っています。基本はガンバレ自分!時々覗いてみてください。

長瀞町(3)寶登山(ほどさん)神社

長瀞町日帰り観光の主目的の一つが、寶登山神社に行くことだった。前々回に行程等あり
秩父三社のうち、秩父神社は2年前(2019年4月)に訪れた。今回で2社目(あとは三峯神社)。

寶登山神社は、西暦110年、今からおよそ1900年前、第12代景行天皇の御代、皇子日本武尊が東征の帰途山容の美しさに惹かれ、ミソギの後に山頂を目指している途中山火事に遭遇しますが神犬の神助を得て、無事に山頂に於いて神霊を祀られた事が創建の始めと伝えられている。また、日本武尊は、山の名を「火を止める山」と表し「火止山=ほどさん」と定めたことが、寳登山神社の名の始りとされる。なお、山の名前は常用漢字体で「宝登山」。

参道を上がっていくと神社の駐車場、記念館横の池に近いところに車をとめる。
↓左に進むと宝登山山頂の近くにある宝登山神社『奥宮』方面。奥宮には徒歩1時間かロープウェイも利用できる。もちろん歩いていきたい気持ちはあるが、時間とか諸々の理由で今回は参拝できなかった。


右に曲がると、驚きの白くキレイな鳥居。これは「二の鳥居」で、「一の鳥居」は国道近くにある。


階段を上がると、正面に煌びやかな拝殿。本殿、幣殿、拝殿より成る社殿は権現造り。


正面向かって、左側からと、右斜め前から。


御鎮座1900年を奉祝して平成21年に改修工事が行われ、社殿を飾る欄間彫刻を始め軒下の組み物・小壁などに彩色を施し、緑の杜のなか、荘厳なたたずまいである。公式Webサイトから)

拝殿正面の斜め左下から、寶登山神社の扁額、極彩色の龍などの彫刻。
幟や賽銭箱など所々で見る紋章は、豊臣秀吉も使用していた「五三桐」

向きを変えて右側から離れてズーム。龍の立体感が際立つ。組み物も鮮やかでキレイ。


側面には組み物と、欄間と小壁に「二十四孝」を始め多くの彫刻が施されている。


右側面からの「本殿」。


摂末社は、山裾の地形を活かした所に設けられている。
本殿の裏、斜面に設けられた日本武尊社(やまとたけるのみことしゃ)。


天満天神社。ご存じ、菅原道真公をお祀りしたお宮。


小さな橋を渡って、宝玉稲荷神社(ほうぎょくいなりじんじゃ)。


さらに進むと開けた所に出る。左側にあるのは、玉泉寺(ぎょくせんじ)。↓は進んで振り返っての画で右側にお寺。


弘法大師の御跡を慕う圓空が永久元年(1113年)この地に草庵をむすび玉泉寺を開き神仏が静まるところとなり、ともに栄えてきた。江戸時代には玉泉寺が別当を務めて社を「寳登山大権現」と呼び維持してきたが、明治を迎えると神仏分離によりそれぞれが独立した社寺となる。
しかし、共に支え合うかたちは今に続き、寺の建造物や境内地の維持管理は神社側に任されていたり、社寺双方ともにその祭典法要などに際しては互いに参列する例になっているという。

記念館横の池。左側の奥社殿、正面奥に寺がある。


公式Webサイトより)神仏共々に信心する、重層信仰は日本人の信仰生活上の顕著な特徴だといわれており、また日本人の寛容性の現われでもありますが、我々はこの寳登山に社寺を残すべく努められた多くの方々の心と、この共存の事実に則して、神社活動を工夫実践しつつ前進してゆくことが、この特別な関係を生かす道だと考えています。

なお、寶登山神社は埼玉県では唯一、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで一つ星を獲得しているようだ。