5月2日、あしかがフラワーパーク(別ブログで更新中)に行った後は、足利駅からほど近い臨時駐車場に車を止めて、佐野ラーメンを食べ、足利学校の門をくぐった。
足利学校は教科書に載っていたし、日本最古の学校ということくらいは知っているが・・・。ざっと調べてみると、
足利学校の創建については、奈良時代、平安時代、鎌倉時代で各諸説あるが、歴史が明らかになるのは、室町時代に関東管領・上杉憲実(のりざね)が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、庠主(しょうしゅ=校長)制度を設けるなどして学校を再興してからのようだ。
足利学校は、学徒三千といわれるほどに隆盛し、天文18年(1549)にはフランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介されたという。
しかし、江戸後期(?)になると易学や兵学などの実践的な学問は好まれず衰退。江戸末期には「坂東の大学」の役割を終え、明治5年に廃校となった。
廃校後は、方丈などがあった東側は小学校に転用され、建物の多くは撤去された。
その後、敷地内に足利学校遺蹟図書館が設立し、敷地や建物は国の史跡に指定され、小学校の移転を契機に保存整備事業が始められ、平成2年に建物や庭園が復元された。(江戸時代中期の栄えた時分の様子)
最初に受付で参観料を支払う。入場券は「入学証」だった。

●学校門:1668年の創建。足利学校のシンボル

●旧遺跡図書館:学校門をくぐって左にある。現在の建物は大正4年(1915)に建てられたもの。和風の屋根に洋風の外壁・内装など和洋折衷

●杏壇門(きょうだんもん)・孔子廟:学校門から真っすぐ。1668年徳川家綱の時に造営


方丈からの孔子廟。廟は壁で囲まれている

●方丈(ほうじょう):所謂校舎だが行事などにも使われた。右側に庫裏がある


●庫裏(くり):所謂台所、なのに大きく立派

○案内板:書かれただけではなく、浮かし彫りになっていた

●国宝の書籍:上杉憲実やその子、孫が寄進したものなどあり

○宥座の器(ゆうざのき):宥座とは、常に身近に置いて戒めとするという意味。壺状の器に水が入っておらず空の時は傾き、ちょうど良いときはまっすぐに立ち、水をいっぱいに入れるとひっくり返ってこぼれてしまう。腹八分目の状態が理想=孔子の説いた「中庸」の教え。

ところで、上杉憲実の像(模刻)があったが、実像の実物は新潟県魚沼市にある「雲洞庵」にあるとのこと。雲洞庵と足利学校の説明書があった。

新潟県出身としては、ちょっと嬉しい紹介だ。
2009年に雲洞庵に行ったことがあるので、その時の日記を見てみると開山堂に祀ってあるようだ。画は・・・無い。