両国駅に初めて降り立ったときに、「駅の改札が、なぜこの位置なのだろう?」とか「駅の敷地がやけに広い。駐車スペースもある。(普通なら、ここはロータリーでしょう?)」と思ったものだ。
先日、2度目に降り立ったときには、電車ホームから一段低い所にある別のホームに目がとまった。「何のホームなのか?しかも、使われていない」ように思った。まったく、不思議な駅だ。

気になったので、所用を終え帰る際に、改札内にいる若い駅員さんにホームのことを聞いてみた。
すると「今回のダイヤ改正でなくなりましたけど、先週までは新聞列車が通っていました。」とのこと。
新聞列車って?聞いたことがないな~何ですか?「房総の方に新聞を届けるために一日一本出ていました。」へ~っと。
そういう電車があるとは知らなかった。ダイヤ改正で「能登」や「北陸」はニュースで大きくとりあげていたけど、「新聞列車も少しだけ触れていたんですよ。」と駅員さん。
さらに聞くと、今後は、このホームから、やはり房総向けに「畳敷きで飲食ができるような列車や自転車を乗せて現地でサイクリングができるような特別列車を走らせる」そうだ。
なるほどね~と。しかし、何故、両国駅なのだろう?とは思った。
カチャッてみたら、元々両国駅は、明治37年、それまで総武鉄道の起点だった本所(現・錦糸町)から、一駅だけ延長する形で開業し、その後昭和47年に総武本線が東京駅地下へ乗り入れるまで、両国駅が房総方面への玄関駅を務めていた・・・という。
そして、私が「やけに敷地が広い」と感じたのは、かつての列車ホームの跡だった。現存する(新聞列車の)ホームは3番線になるが、4番・5番線もあり、特急列車なども発着していたという。それが、今は保線用機械などを留置する資材置き場になっている。
3番線からは、定期旅客列車の発着はなく、臨時列車が稀に発着するのみ。3月12日までは夕刊を房総方面へ運ぶ「新聞輸送列車」が平日から土曜日にかけて発車していたが、13日のダイヤ改正で廃止されたというわけだ。
知らなかった。かつては玄関駅だったとはね~。両国駅にも歴史があるんだね~。