4月4日(土)、前回の『都幾川桜堤』を眺めた後、ついでに『鎌形八幡神社』に寄ってみた(二十数年前にも立ち寄ったはずだが、ほぼ覚えていない・・・)。
入り口からの道路(?)から、直角に曲がって鳥居をくぐる。鳥居の正面に立つと、都幾川の堤は後ろに十数メートルほどしかない。昔の参道はどのようなアプローチだったのだろう?と思ったりする。

鎌形八幡神社(かまがたはちまんじんじゃ)は、平安時代の初期、延暦年間に坂上田村麻呂が九州の宇佐八幡神社宮の御霊をここに迎えて祀ったのが始まりであると伝えられ、その後、源氏の氏神として信仰された。(↓ご由緒より)

2つの鳥居を抜け、石燈籠の前から門をのぞむ。

この門は、見たことのない特徴がある。左右に一段上がった小上がりのような板敷があって、舞台のようでもあり、休憩所のようでもある。(残念なことに記録し忘れたので、前の画のトリミングを追加しておく)

石段を上った小高いところ、境内林に覆われるように社殿があった。

手水舎で使われている清水は『木曽義仲産湯の清水』とされ、町指定文化財になっている。ひっくり返った旗にも書かれているが、嵐山町は「木曽義仲公 生誕の地」とされているようだ。

その清水は池にも引かれている。池の中に社あり。

石段を上り、社殿を見上げる。エッこれほど!?と思わせる彫刻があった。

町のWebサイトによると、鎌形八幡神社本殿は、本殿を拝殿が覆う形のもので、中の本殿が町指定文化財とのこと。
中は見られないが、側面後方に注連縄・紙垂(しで)があるのは、ここに本殿があることによるのだろう。

↓画では分かり難いけど、奉納された繭額(まゆがく)が掛けられていた。昔は、この辺りも養蚕が盛んだったのだろう。(繭額というのを今回調べて初めて知った)

境内には幾つかの社があった。

参拝客は我々以外にもう一組のみ。雰囲気にしてもちょっと寂しい感じだが、きちんと整備されている境内を見ると、地元の方の信仰心というか大事にしている感じが窺える。
なお、ご由緒にも書かれているが、神社には町指定文化財の『懸仏(かけぼとけ)』が2枚保存されている。懸仏は、建物の内側(内陣)に掛けて、礼拝の対象などにしたもので、立体的な尊像や掛けるための金具が設けられているという。
また、調べていたら、ここからほど近いところにある『班渓寺(けいはんじ)』には、「木曽義仲公誕生之地」の石碑が立っているようだ。この寺は~木曽義仲の愛妻・山吹姫の菩提寺であるとか、山吹姫が義仲の供養のために開いた寺であるともいわれている。境内には山吹姫の墓と伝えられる供養塔があり、毎年3月には義仲を偲んで慰霊祭が行われている。~町のWebサイトより。
ところで、八幡神社や八幡社と名の付く八幡宮の中で、関東で知名度が高いのは「鶴岡八幡宮」だろう(日本三大八幡宮の一つとされている)。鶴岡八幡宮のWebサイトによると、康平6年(1063)京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まり。とある。
鎌形八幡神社は延暦年間とされているのでアバウトだが、延暦を調べてみると782年~806年なので、鶴岡八幡宮より鎌形八幡宮の方が260年以上古いことになる。