シャツのほころび涙のかけら

昔よく聞いたNSPのタイトルを拝借。…趣味や日常を綴っています。基本はガンバレ自分!時々覗いてみてください。

NSPについて(2)


前回お話ししましたが、私の青春には確かにNSPがおりました。
中学や高校の時は下手なくせに文化祭で弾き語りもしました。

田舎の友人Oさんの結婚式の二次会では、
私と友人Sさんで「さようなら」を歌ったことがあります。
誤解しないように補足すると、決して嫌がらせではありません。
Oさんからのリクエストです。皆フォーク好きなんです

2002年にNSPが復活したと聞いたときはうれしかった。
コンサートも満員で、昔からのファンが待望していたのが分かる。
昨年2月には19年ぶりのシングルもだした。

昨年7月4日(月)朝、ニュースが流れた。----NSPリーダー天野滋は、かねてより大腸癌にて療養中のところ、平成17年7月1日午後7時8分、脳内出血のため急逝した----と。52歳だった。

《以下は中村・平賀両氏のメッセージより一部抜粋したものです》

2004年2月上旬、病院の担当医に「早ければ6ヶ月、
長くても2年以内です」と宣告された天野が自分自身のために
選んだもの、それは治療よりもコンサート・ツアーだった。

昨年のコンサート・ツアー、本編最後に必ず歌う「さようなら」の前の挨拶では「これからはどれだけ生きるかというよりは、どう生きるかがテーマです」「皆さんも一日一日を大切に」と照れながら言っていたのを憶えているかな。

遠回しだったけど彼なりの言葉で各会場の皆さんにお別れのメッセージを送っていましたね。悔いのない人生などないと思っています。そんな中、天野は限られた時間を上手に使って楽しく厳しく生き抜いたなと思います。

命を削って完成させた19年振りの新作「Radio days」を筆頭にこの3年間で数多くの作品を残すことが出来ました。
戻りたい場所に戻り、戻したい縁(えにし)を戻し、満足したような笑顔であいつは逝きました。

会社でこのニュースを見ながら涙がにじんできたのを覚えている。
会社の社内報にも寄稿したものだ。
NSPが19歳の時に作った「あせ」という歌がある。

「あせ」
…そりゃ誰だって つらいことはたくさんあるけれど
この世に生まれた以上は 生きていかなくっちゃ
生意気だけど精一杯 生きてゆくのさ。
そうすれば きっと何かがあるはずさ

私は、平均寿命からすれば既に折り返している。
生きることは大変な事ですが、精一杯どう生きるのかを(時には)
考えていかないと…と思う。
ブログのタイトルとして勝手にNSPの歌を拝借し恐縮です。
「シャツのほころび涙のかけら」好きな言葉です。
想いが強く乱文となりましたことご了承ください。